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”知的生産の読書”をめざし、日々奮闘するブログ!
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『ミャンマー』
◎ 魅力的な国です!
この国では、ほとんどの大人や子どもが、見知らぬ旅人に向ってでも、こうして笑顔を向けてくれる。(中略)総じて慎み深く、礼儀正しく、そして、旅行者に優しい。ただすれ違っただけでも、ときとして無邪気に、ときとして可憐に見える微笑を送られることが、旅行者の胸にどれほど響き、どれだけ救われた気持ちになるのかなど、彼らは計算も想像もしていないに違いない。
私も以前、ミャンマーに行ったことがあります。ミャンマーの人々は、見知らぬ旅行者である私にも、やはり優しく接してくれました。10年経った今でも、「ミャンマー」と聞くと、そのときのことを思い出します。
著者:乃南(のなみ) アサ
1960年、東京生まれ。早稲田大学社会科学部中退。広告代理店勤務を経て、1988年「幸福な朝食」が、第一回日本推理サスペンス大賞で優秀作に。
本書は、小説家である乃南さんがミャンマーを旅行し、感じたことなどを記したものです。アジアの旅行記というと、ドタバタしたイメージがありますが・・・ 本書は、落ち着いついた文章で、小説の一節のような感じです。読みやすい文章ではありますが、話が時系列にならんでいないので、追体験しずらいです。そこが、ちょっと残念だな。
一人で、または近所の知り合いや親戚同士などが連なって、人々は長い間手を合わせ、ひたすら頭を垂れ、また、無表情にパヤーを見上げている。今よりも良い来世を、何とか今よりも救いのある来世を――その祈りは、まさしく切実な、魂からの願いに違いない。現在のミャンマーを見れば見るほど、そう思う。
パゴダ(パヤー) で、多くの人が祈りを捧げているところを目にしました。ただノン気に旅をしているだけの私には、その光景は、とても魅力的で惹かれるものがありましたが・・・
この人生が、こんなにも重く、苦しく、救われないのは、前世での行いがよほど悪かったせいだろうか、その因縁なのだろうかと。
だから祈る。ひたすら祈り、我が身を削ってでも功徳を積んで、今度こそ、今度こそと、少しでも祝福された来世を願うのだ。
来世での幸せを願い、徳を積むために祈りを捧げているということなのですが・・・ 現在を悲観的、後ろ向きにとらえている感じがして、仏教って・・・ そんな教えでしたっけ? 無知な私は、その祈りにこそ、人々の強さや優しさの秘密があるのではないかと思っていたのですが・・・
まっ、無責任な旅人の勝手な印象ですからね。旅人の知識や思いで、感じ方はいろいろと変わるのでしょう。
旅先で、いい人に出会うかどうかは、その国の印象を大きく変えます。その点で言えば、ミャンマーはいい国だと思います。魅力のある国です!
魅了的なミャンマーのことを、旅行中は、もっと詳しく知りたいと思っていたのですが・・・ 日本に帰ってくると、あっという間、忘れてしまうもので・・・ 思い出したが吉日(?) ということで、ミャンマーについて調べてみよっかな。
この国では、ほとんどの大人や子どもが、見知らぬ旅人に向ってでも、こうして笑顔を向けてくれる。(中略)総じて慎み深く、礼儀正しく、そして、旅行者に優しい。ただすれ違っただけでも、ときとして無邪気に、ときとして可憐に見える微笑を送られることが、旅行者の胸にどれほど響き、どれだけ救われた気持ちになるのかなど、彼らは計算も想像もしていないに違いない。
私も以前、ミャンマーに行ったことがあります。ミャンマーの人々は、見知らぬ旅行者である私にも、やはり優しく接してくれました。10年経った今でも、「ミャンマー」と聞くと、そのときのことを思い出します。
著者:乃南(のなみ) アサ
1960年、東京生まれ。早稲田大学社会科学部中退。広告代理店勤務を経て、1988年「幸福な朝食」が、第一回日本推理サスペンス大賞で優秀作に。
本書は、小説家である乃南さんがミャンマーを旅行し、感じたことなどを記したものです。アジアの旅行記というと、ドタバタしたイメージがありますが・・・ 本書は、落ち着いついた文章で、小説の一節のような感じです。読みやすい文章ではありますが、話が時系列にならんでいないので、追体験しずらいです。そこが、ちょっと残念だな。
一人で、または近所の知り合いや親戚同士などが連なって、人々は長い間手を合わせ、ひたすら頭を垂れ、また、無表情にパヤーを見上げている。今よりも良い来世を、何とか今よりも救いのある来世を――その祈りは、まさしく切実な、魂からの願いに違いない。現在のミャンマーを見れば見るほど、そう思う。
パゴダ(パヤー) で、多くの人が祈りを捧げているところを目にしました。ただノン気に旅をしているだけの私には、その光景は、とても魅力的で惹かれるものがありましたが・・・
この人生が、こんなにも重く、苦しく、救われないのは、前世での行いがよほど悪かったせいだろうか、その因縁なのだろうかと。
だから祈る。ひたすら祈り、我が身を削ってでも功徳を積んで、今度こそ、今度こそと、少しでも祝福された来世を願うのだ。
来世での幸せを願い、徳を積むために祈りを捧げているということなのですが・・・ 現在を悲観的、後ろ向きにとらえている感じがして、仏教って・・・ そんな教えでしたっけ? 無知な私は、その祈りにこそ、人々の強さや優しさの秘密があるのではないかと思っていたのですが・・・
まっ、無責任な旅人の勝手な印象ですからね。旅人の知識や思いで、感じ方はいろいろと変わるのでしょう。
旅先で、いい人に出会うかどうかは、その国の印象を大きく変えます。その点で言えば、ミャンマーはいい国だと思います。魅力のある国です!
魅了的なミャンマーのことを、旅行中は、もっと詳しく知りたいと思っていたのですが・・・ 日本に帰ってくると、あっという間、忘れてしまうもので・・・ 思い出したが吉日(?) ということで、ミャンマーについて調べてみよっかな。
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1時間で読んでみたが
哀しき読書論・・・。






